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何様

就活のバイブルにしていた「何者」。

そのアナザーストーリー6篇を納めた「何様」が8月の終わりに発売された。

楽しみにしていたが、思ったよりも早い。

「何者」の映画公開に合わせた発売日にするのかと思っていたのだけど。

単行本で割高だからそこまで売り上げにポジティブな影響が出ないと判断しての事だろうか。

文庫本なら安いし公開に合わせて発売すれば、映画と文庫双方の宣伝になり売れるだろうと考えたが。

一篇大体、50ページ。

 

まず、「水曜日の南階段はきれい」。光太郎の話。

光太郎が出版社に拘る理由は、海外の大学へ進学した好きな人が翻訳家になろうとしていて出版社に入れば再び会えるかもしれないからというのは「何者」で既に明らかになっていた。

その「光太郎が好きな人」とのエピソード。

夕子さんの夢に対する思いの強さと光太郎への思いの奥ゆかしさが愛くるしい。

誰にも言わずその夢を大事にしながら努力を続けられる強さ。

光太郎のゲリラライブを見る口実として掃除好きな人として振る舞う少女らしい気恥ずかしさ。

最後の卒業文集に書き残す光太郎へのメッセージが前向きだけどやるせない。

こっそりライブを見てしまうくらい好きなのに、そんな好きな人に勉強を教えるようになり、一緒に掃除するようになったのに、手を伸ばせば届く距離にいる好きな人を振り切ってまで夢をかなえることを選択した夕子さんの芯の強さがどうしようもないほど切ない。

彼女の生き方が「何者」における光太郎の出版社へのこだわりの強さにつながっている。

「何者」において光太郎は「夕子さんと再会するために出版社へ入社する」という「夢」を瑞月にしか語っていない。

高校生の頃とは異なり、外に固められる必要がないほど明確な夢ができていた。

本当、主人公を演じられちゃうキャラクターだ。

それにしても夕子さんを探し走る光太郎の描写が儚い結末を予感させる。

思いが溢れてくるリズム、切実さが痛々しいくらい伝わる。

手紙と地の文が交差する文章は、「何者」で瑞月が拓人に電車の中で家庭のことを語るシーンを想起させた。

読者の感情を徐々に徐々に揺さぶっていくのが本当に上手だ。

 

誰の話か言われなくてもわかりそうなタイトル「それでは二人組を作ってください」。

隆良も出るが、理香の話だ。

タイトルから嫌な予感がしていた。

理香に限らず自分にも当てはまる話だからどうもずっと心がざわざわしていた読み心地だった。

二人組を作るのが苦手。

部活仲間がいなかったら果たして自分はどうしていただろうか、背筋が凍る。

それにしたって中々ルームシェアを切り出せない理香の姿は不器用でもはや哀れだ。

 

「逆算」

誰の話かと思ってたらサワ先輩。

名字は「沢渡」だったのか、自分が忘れていただけか。

締め方にふっと安心できる笑いが出る。

結末の出来事がもしかしたら松本さんの「何かの」きっかけになるのかも、なんてのは考えすぎか。

 

「きみだけの絶対」

人によって何を拾うか、何を捨てるかは異なる。

その違いの存在を認識させ、あの人は何を大事にしているんだろう、お互いを想像し理解することで優しくなれれば、そんな思いだろうか。

まだまだ読み取り切れていない気がする。

正直、あまり釈然としていない。

 

「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」

読んでいてつらくてしかたがなかった。

正美の姿がほぼ寸分たがわず自分の姿と重なっていた。

正しいとされていることに忠実に従っていたけど、それでよかったのだろうか。

正しいはずなのに報われない。

正しくない人の方が評価されている。

そんな葛藤や疑念でいっぱいになってしまい爆発してしまう正美を、田名部を見ていられない。

自分がやりたいことよりも、(自分で推測した)親の期待を優先してきたのに、実際は親から喜ばれていないのではないか。

自分がしてきたことは無駄だったと分かってしまったとき、その絶望は想像を絶する。

田名部にしても「いい人」であることを「周りから」求められてきたのだろう。

他人から押し付けられる「田名部さん」の像に自分を押し込んできた苦しみが見える。

どちらも、逸脱してみたいという欲求を外部から封じ込められてきたのだろう。

しかし、その逸脱が許されるのは子どものときまでなのだ。

大人になってからでは、付随する責任が大きすぎて、遅い。

後で思い返す、田名部という名字の人物。

瑞月は誰が救ってくれるのか。

「目の前の男の舌を吸った」

なんて生々しくてどろどろしていて欲望にまみれているのだろう。

 

「何様」

眉毛カッターの彼。

拓人の隣にいた、笑いをとりまくってた彼。

そんな克弘は人事に配属され、誠実さとは何かを考える。

大した理由もなく入社した自分が、学生を取捨するなんて「何様」なのかと。

確かにまっとうな、自分に根ざした明確な理由をもって入社を希望する人がいるにも拘わらず、決してその人が内定をもらえるわけではない。

そんな人はかなり誠実な気がするのに。

 誠実であるためには。

「誠実への一歩目も、誠実のうちに入れてあげてよ」

悩む克弘を、救う言葉。

いきなり100%なんて無理なのだ。

誰だって最初は初心者。

サポーターの真似事をする初心者をにわかと蔑む自称サポーターにも聞かせたい一言だ。

 

どれにしたって軽い気持ちでは読めない話だ。

朝井リョウは「何者」のときから、人が見て見ぬふりをしたい、後ろめたい感情や思考を引っ張り出して提示して「お前もこうなんだろう」と脅迫してくる。

おかげで自分の心の中に封じ込めていたものと対峙せざるを得なくなってしまい、読後はすっきりしないことも多い。

それでも、最後の君島の言葉はそんな人々に小さな救いをもたらす気がしている。