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二つの仲間

「敵と呼ぶな」

高校生の頃、所属していたサッカー部の顧問がよく口にしていた言葉だ。

「相手がいなくては試合はできない。だからこそ、リスペクトや礼儀を忘れるな」

という意味合いだった。

 

競技人口1人しかいない競技などありえない。

必ず自分ではない誰かと競い、順位を争うものだ。

「敵」と呼び、「敵」を倒して再起不能にして追い出してはその競技が立ち行かなくなる。

「相手」とは一緒に競技をする仲間のことだ。

その仲間と切磋琢磨し、成長しようとする。

仲間を意識することで、強くなろうとする。

「相手」のいない競技など、ないのだ。

 

そして、当然仲間は「相手」だけでなく、味方にもいる。

仲間のために勝とうとする。

自分ひとりでは出せないものを仲間のためにという思いの下に引き出そうとする。

それは個人戦においても、自分の味方でいてくれる存在に報いようとする意識がまた力を引き出そうとする。

同じチームの味方だけでなく、家族、友人それらも仲間だ。

仲間がいることを自覚したとき、個人戦からチーム戦へと変わる。

「ひとりじゃない」とはそういうことだ。

 

ちはやふる33巻の新はまさしくそれを体現した存在でなかったか。

志暢、千早という「相手」たる仲間と、藤岡東高校という「味方」たる仲間という、2つの仲間を自身の力に変えた新。

対して、「味方」たる仲間を持たず、絶対的な強さから「相手」たる仲間を持てずにいた志暢。

明暗をはっきりとつけるこの2人の対戦、新の勝利は必然であったのかもしれない。

2人を分かつこの差異に敗北を通して自覚した志暢の悲壮は計り知れない。

もはやひとりではこれ以上のモノは望めないから。

 

それでも、この物語には救いが溢れている。

名人位に君臨する周防、元々意識していた新に加え、彼女を一方的に意識し食らいついてくる千早を志暢は「相手」として受け入れたこと。

練習会に参加することで「味方」を増やす決意をしたこと。

これらが志暢をまた強くさせるのだろう。

 

そして、かっこよすぎた肉まんくんもいつか、報われますように…